« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

長崎での1週間

長崎での1週間
こんにちわ。実家に帰ってきて、はや1週間が経ちました。のんびりと過ごしています。母の手作り料理を毎日いただき、兄夫婦たちと世間話をし、友人たちと酒を呑み、初蹴りをしました。なかでも、彼、高戸とは ほぼ毎日会っていました。最高に楽しい奴です。彼女がいないのが、非常に残念。なので、長崎にいる独身で結婚したい女子の方がいましたら、書き込みよろしくお願いします。では。
高木なりた

| | トラックバック (0)

2009年

2009年
2009年
熱い一杯のお粥が、どれぼど人々の身を温め、心を安らげたことか。江戸時代、飢饉に見舞われた1681年から翌年にかけて長崎の崇福寺や福済寺が、飢えに苦しむ庶民のために連日、粥を振る舞った施粥(せじゅく)である。崇福寺に、施粥に使った特注の大釜が残る。直径、深さ共に2メートル近く。空腹を抱えて列をつくる人の目に、湯気を立てる大釜はさぞ頼もしく映ったことだろう。施粥で命をつなぐ人は数千人に上ったという。長崎奉行所も機敏も対応した。寺に米や銀を提供して施粥を助けたほか、直接、庶民に米を支給することもあった。商人も寺に米を寄進した。官民の協力でセーフティネットが張られたわけである。本気になれば、いくらでも人は救えると、崇福寺の大釜が教えている。今の日本ほど、命を救う大釜が必要なときはないだろう。非正規雇用の労働者が大量に失職し、住む所まで追われている。正社員の解雇も広がってきた。身も心も冷え切って年を越した人が、なんと多いことか。国も地方も直ちに大釜を特注すべきだ。そこから、食べ物と住まいと仕事を振る舞って欲しい。本気になれば今すぐできる。寒風吹きすさぶ中で新年を迎えた。天候不良
であろうとも、読者の皆さまには、どうか良い年でありますように。そして1年の終わりには、「人助けの光景をたくさん見て、心の温まる年だったね」と振り返る事ができますように。


今朝の長崎新聞の一文です。我が家では、母親のお手製のオトソとおせちが振る舞われました。正月が終われば現実に戻る。優しい気持ちをもって人と接したいものであります。今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
高木なりた

| | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »